大きな城の前で、ザッと大げさな音を立てて仁王立ちする人物が一人。
その姿を呆れたような表情で見守る人物も また一人。
「やっと着いたわね…長き道のりを乗り越えたわッ!」
「・・・(姫って言うか女王ぽいなこの人…)」
場所はフィーリアよりはるか南にある国、グルーヴ。
噂に聞くとおり治安が悪く、町には孤児や職を失った老人、無造作に転がる酒瓶などが溢れていた。
しかし、目の前にたたずむ城だけは嫌味なほど堂々としている。
「うーん…王子様…もしかしたらすんごいわがまま坊ちゃんになってたりして。
んまっ、それでもあたしの愛は変わらないけどねッ」
「・・・」
「行くわよノイズっ早く来なさいっ」
「はいはい…」
ずんずんと進んでいくシア。しかしこれはあくまでも強がり。
実際頭の中は…
(どうしよう…すっごく…すっごくすっごく緊張してきたっ!!!)
後ろをついて歩くノイズからその表情は伺えないが、その顔は真っ赤だった。
(プロポーズなんかされちゃったらどーしよー!!それどころかそれどころか
王子様ってばかぁなり男前になってて「お前の子供がほしい」なんて言われちゃったりしてどふー(鼻血))
えへ、えへ、えへ、とハートマークを頭の上に飛ばしながら無気味に笑う妄想少女、シアのただならぬ様子に、
ノイズはまた呆れるばかりだった。
Dear, My Prince U
「・・・え?王子様がいらっしゃらない?」
「はい。もうずいぶん長いこと…お帰りになっておられませんが…」
ショックを隠し切れないという表情をしているシア。
迎えてくれた従業員によると、王子は確かにシアの誕生日会の招待客の一人としてフィーリアに来ていたそうだ。
しかしそのすぐ後、新しい国王と口論になったのをきっかけに、ぱったりと姿を消してしまったらしい。
「あのっ…」
どーーんと音が聞こえてきそうなくらい落ち込んでいるシアに、その従業員の遠慮がちな声が届くことはなかった。
何か言いたげではあったがその先の言葉が紡がれることはなく、ただノイズが一度、深く頷いた。
その後グルーヴの新しい国王とやらに歓迎されることもなく、シアたちは城下町にある宿の一番良い部屋を取っていた。
(…眠れない…)
暗闇の中起き上がったのはシアである。
隣を見れば、ノイズは壁のほうを向いて眠っていた。
そっと布団を抜け出すと、ベッド脇に置いたブーツを履き、護身用の剣だけを持って静かに部屋を出た。
夜空を見上げると、満天の星空だった。
シアははぁ、とため息をつき、上を見上げたままゆっくりと散歩をする。
「どこ行っちゃったの?王子様・・・」
ぽつりと呟いた言葉は静寂の中に消えた…様に思われたが、
それに答えたのはまた別の声だった。
「へーえ。珍しく上玉じゃねぇか」
「!!」
突然、目の前に数人の男たちが現れた。
はっと危機感を感じ腰の剣に手を伸ばしかけたときには、もう遅かった。
しまった、と思ったときには既に後ろから手がまわり、口を押さえられていた。
「こりゃあ、高くつくな。身体だけじゃあく、よく見りゃあいいもん着てやがる」
「やっ・・・」
数メートル足元を引きずられ、男が腰に手を回してきた。
今まで味わったことのない恐怖感で、どうすることもできない。
―――嫌だ。助けて、助けて
「ノイズ…っっ!!!」
「無礼者!!」
そのとき、おおきな風が吹いた。
「すみませんでした。こんな危険な土地でシア様を一人に…」
「ううん、あたしが何も考えずに勝手に外に出たんだし。…それよりごめんね、ノイズ」
場所は二人が泊まっている宿へと戻る。
先ほどの輩はノイズが一瞬のうちに片付けた。
シアはベッドサイドに座り、ノイズはドアを閉めたばかりの体制で止まった。
彼女がこんなに素直に謝罪をするのは珍しい。
「結局王子様、いなかったし。…無駄足に、付き合わせてゴメンね、って」
「あぁ、いえ…別に」
「…でもね!諦めるつもりはないの!お互い生きてたらきっと、いつか会えるよね!」
「・・・」
そこで、沈黙が訪れた。
やはりノイズは怒っているのでは、と思ったシアは、おとなしくもう一度眠りにつこうと身体を倒した。
「…国を捨てて逃げた王子なんて…きっと大した事ありませんよ。」
吐き捨てるように、ノイズが口を開いた。
その声色の冷たさにシアの思考回路が一瞬、止まる。
「お2人が出会ってから10年経ちました。人は変わります。姫様が思っているような優しい人のままだという保証も…ありません。」
「なんで…」
なんで、ノイズにそんなこと言われなきゃいけないの?
「本当に、そこまで思い続ける価値のある男なんでしょうか?」
「…やめてよ!!!」
あまりにも淡々と話すノイズの冷たい言葉に、シアはベッドから飛び起きた。
叫んだつもりだった自らの声はずいぶんと弱々しく、うまく言葉を発することができない。
「じゃあ、じゃあどうしろって言うの?忘れろって言うの!?」
いつも近くにいたはずなのに、初めて見る彼女の激しい部分に触れて、ノイズは驚きを隠せなかった。
「そんなの…無理だよ…」
暗闇でもわかる。彼女は泣いていた。
「10年間ずっと…こんなに想い続けてるのに…」
まるでその年月分の想いが、溢れ出したようだった。
to be continued...
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文責 詞音 (2006.12.27)