「シア様。夕食の準備が整いました」
「ん…ありがと」
部屋を訪れたのは、今までと違う人。
Dear, My Prince V
ノイズは今回のたびの任務を終えたら、あたしの護衛から外れることになった。
それは本人が望んだことだし、隣の大国から代わりを雇ってもらうこといなった。
ノイズよりも幾分か若いけど、十分腕が立つし、ノイズよりも忠実だし、よく笑うし。
だけど。
「たまには会いに来てくれたっていいじゃんか…」
二人が城に帰ってから随分経った。
同じ城に住んでいながら、様子を身に来てくれることもない。
たまには昔みたいに、「おはよう」って顔を合わせて、
あたしのわがままで困らせて、
それで、
それで…
「…あぁ―――もぉ―っ!!」
勢いよく立ち上がり、考えを振り払うように部屋を出て、夕食の席へと向かう。
もう慣れてはいたが、今日もノイズの姿は無い。
「ねぇ、なんで最近ノイズは顔を見せないんだろうね」
ずっと怖くて聞けなかった。
シアに嫌気が差した、こんなちっぽけな国はもうたくさんだ。
…そうやって出て行かれたとしたら―――あたしはどうしたらいい?
「あいつなりい準備が忙しいんじゃろうな。なんせかれこれ7年もこの城におったから…」
「準備…?」
「おや、聞いておらんのか。」
老人は心底驚いた顔をして、少し目をそらしたが、それから意を決したように話してくれた。
あたしは聞きたいのか聞きたくないのか複雑な気持ちで、次の言葉を待った。
「姫様らが旅にいかれている間、あいつに隣国の王子の、剣術の師範の話が来たんじゃよ。
もちろんわしらは当然断ると思っておったよ。
長い付き合いじゃからな。
じゃがあやつに話したところ、あっさりと請けると言いおって。
姫様には自分から話しておくと――」
チクリ、と心が痛む。
やっぱりあたしのせいだ。
あの夜をきっかけにまともな会話もしていない。
ノイズの迷惑も考えないで、国の子とほったらかして、夢ばっか追いかけて…。
こんなあたしを一国の姫だなんて、呆れるのも無理ないよね…。
「よいですか、姫様」
老人はうつむくあたしの顔を覗き込んできた。
自然とあたしも彼のほうに顔を上げる。
「ノイズが出て行くのは明日の朝。今夜中に話をしておいてください。
引き止めるか否かは姫様の自由。
ただひとつ、彼はこの国に必要な存在です」
「…ありがとう…。」
でもきっと、あたしが何を言ったところで、彼はフィーリアに残ってくれないよ。
あたしは…何も変えられない。
夜が更けるまで迷ったけど、やはり結局ノイズには会いに行けなかった。
『お父様、お母様―――…』
嗚呼、またあの日の夢だ。
『泣かないで』
あれ…?こんなに…こんなにあの日の記憶は鮮明だった?
『この剣が君を護るから…』
その剣、あたし…
『だれ?』
『僕は南の国の王子。名は×××…』
「・・・」
次に映った映像は、いつもと同じ部屋の天井。
何度も夢の中の台詞が頭の中で渦巻く。
―思い出した―
そのことに気付くよりも早く、あたしの足は駆け出していた。
裸足のままで、寝ぼけた身体に鞭を打ちながら、前へ、前へ。
途中曇った面持ちで、城の外から帰ってくる数人のメイドとすれ違う。
「姫様!?」
煩い。
早くそこを退いて。―――彼に逢わせて。
「ノイズッ!!」
彼が振り返ったのが早いか――あたしは彼の背後から夢中で抱きついた。
「シア様…!?」
「もうその呼び方やめなよ」
「…え…」
ここは城の外、あたしは裸足、寝巻きのまま。
周りの驚いた顔に正気を取り戻しながら少し恥ずかしくなってきたけど、あたしは間に合ったんだ。
ほっと息を整えた。
向き直ったノイズの驚いた顔が面白くて、あたしは極上の笑顔で言ってやった。
「やっと見つけたよ。南の国の王子サマ」
ノイズはしばらく驚いた顔のまま黙っていたが、ふぅ、と長い息を吐いて、ずっと待ち望んでいた笑顔をくれた。
…それがすべての答えだった。
「どこかの国のお姫様に会うために自分の国を捨てた…そんな最低の王子を10年も想っていたなんて」
『僕は南の国の王子。名は…』
「シア姫…趣味が悪いな」
『ノイズ』
「上等っ!!」
あたしはあなたの、お姫様になりたい。
ずっとずっと、夢見てたんだ。
いつも隣に居てくれたんだね。
あたしが寂しいときも、辛いときも。
これからもずっと、隣で見守っていて。
to be continued...?
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完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!!
続きは番外編(裏話&その後)です。
よろしければまた足を運んでみてくださいね。
文責 詞音 (2007.01.09)