ただ、何も言えなかった。

そいつの瞳が、あまりにも真っ直ぐに

俺を見ていたから。






乱反射
  第一章 C
〜Side S(Syohei Fukami)〜







その日から、朝練が始まった。
始業式は前日に済ませていたから、新学期二日目ということになる。



そういえば、今日からだったな。



昨日、担任が転校生の話をしていたのを何となく思い出しながら、洗面台の鏡で手軽に髪を整え、家を出る。






体育館につくと、準備を終え自主練(と言っても遊びのようなもの)をしていた1年がすぐに俺の姿に気付き、足を止めた。

「深海先輩、おはようございます!」
「「おはようございます!!!」」

こんな風に教育したのは、先日引退した3年生の部長であって、俺にまでそんなにご丁寧にしなくてもいいのに。
そんな気持ちから、後輩に「部長」と数日前初めて呼ばれた時は、「堅苦しいからヤメロ」とやんわり断っておいた。



そいつらに交じってしばらくテキトーに遊んでいると、1人、また1人とレギュラー陣が集まってくる。
時計が7時30分を指したのを確認し、集合の合図を送る。



「ごめーん!!寝坊したあ!!」

そう言って飛び込んできたのは、レギュラーのくせに遅刻常習犯という肩書から抜け出せない、どーしよーもない奴だった。

「太郎おせー。オラ、さっさと着替えろ!!」

「ひぇー、容赦ないなあ、ふ・か・み・ぶ・ちょ・う

イヤミかコイツ。
とりあえず膝裏あたりを蹴っておいた。






8時15分になった。
一旦集合した後、1年は後片づけ、2年には放課後の練習メニューを言い渡しておく。
そこで、違和感があった。

「あ?唯はどした??」

「せやねん!!さっきからおらんなー思て、翔ちゃんがまた雑用でも押しつけたんちゃうかなー思っててんけど。」

唯は男子バスケ部のマネージャーで、このエセ関西人の恋人だ。
朝集合した時にはいた筈――…
…つーか翔ちゃんって呼ぶなっつってんだろボケ。



「最近、またヒドなってるみたいやねん。こないだもまたアザ作ってよったし…」

「マジで!?ヤバくねぇ??ユキ、探しに行こうぜ!!」



このテンションの高いチビは、裕也。
ああ因みに、さっきのウザい関西人はユキ。
男なのにユキ。
デカイくせにユキ。
夏生まれのくせにユk「ほっとけや!!」



とりあえず、ここで一旦解散を言い渡し、何人かで唯を探しに向かった。

ただいつもと違ったのは、太郎が乗らなかった事か。



「ごめ〜ん!!ちょっと会わなきゃいけない友達がいるんだよね!!」

そう言う太郎の表情は、いつもより嬉しそうで、まるでご主人さまの帰りを待つ犬みたいで。
(まーこいつはいつ見ても犬っぽいけど)

「彼女か?」と誰かがからかえば、「違うよ!!!」と必死に反論していた。



そんな訳で、他に用事のある奴を除いた5人で、唯を探しに行ったんだ。









俺たちのマネージャーは、すぐに見つかった。
見つけたと同時に、ピンと氷を張るように空気が冷めきっていくのを感じた。



いつも元気に笑ってる唯の表情は、酷く怯えていて。
少し離れて立ちつくしてる俺たちから見ても、震えていることが分かる。

ちらりとユキの方を見やれば、無表情で。
ヤバイ。
こいつ、キレる。

そう思った矢先、たった今唯を怯えさせている「彼女」が、手を伸ばした―――



「なーにやってんの?」



わざといつもの口調で問いかけてみた。
敵意の視線は、逸らさないまま。
隣でユキが自我を取り戻したのを、気配で感じる。



その女は、はっとしたようにこちらを向いた。
長い髪がそいつの動きと共に揺れる。

見かけない顔だ。
いや、見たこともないんじゃないか?
そう思うほど、印象に残る姿だった。
少し華奢な体に、校則ギリギリの茶色い髪とメイク。
だけどいつも俺の周りをきゃーきゃー飛び回ってる五月蝿い女たちとは違って、
なんつーか…綺麗、って思ったんだ。
―――…
…って褒めてどーすんの俺。



そうこう考えているうちに、そいつの瞳はどんどん冷めきって行って…

「…あー…」

とか間抜けな声出すもんだから、拍子ぬけしてしまった。
その目は確かに冷たいのに、濁りを感じなかった。

「何しとったんや、って聞いてんねんけど。」
「見てのとおり。」
「…は?」

わけがわかんねー。
せめて弁解ぐらいしてよ。

俺たちが何も言い返さないのをよそに、そいつは乱暴に唯の襟首をつかみ上げた。
何かを強要されてる…脅しか?

まずキレたのは、裕也だった。

「テメェ何してんだよ!!」

裕也はそいつを唯から引き離し、地面に叩きつけた。
慌てた俺は、あくまでも冷静を装って皆の気持ちを鎮めるのに精いっぱいだ。
二人の間に割り込み、「なんでこんなことしたの?」と聞けば、

「…暇つぶし?」

…なんでコイツは、俺らの気持ちを逆撫でするようなことしか言えねぇんだよ。
しかもその瞳は、まっすぐに俺の瞳を見ている。
まるでこちらの出方を伺っているかのように。



しびれを切らした裕也が、その女を殴った。
現役運動部員の男から殴られれば相当痛いだろうに、女は少し顔をしかめた後、無表情のまま。
それがまた裕也の癪に触ったらしく、キャンキャン吠え続けている。



あー、わけわかんねえ。
何だこの納得いかない感じ。
もう面倒くせぇ。



「もういいでしょ、裕也。時間の無駄。」

そう言ってその場をなだめると、名前も知らないその女を一人残し、それぞれが教室に向かった。



俺のクラスは、2年A組。
後に、転校生の話題で持ちきりになるクラスだ。






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はいはい、深海翔平サイドです。
男視点で書いたのは初めてなので、ある意味記念すべき話。
ちょっとバックグラウンド的な感じでお楽しみいただけたらなぁと思います。

つーか標準語がわからないんですけど…
だれかコテコテ関西人の詩音に教えてください…

文責 詩音 (2007.10.12)

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