「信じて」なんて、

言わない。





乱反射
第一章 B






「転…校生…?」

目の前の――否、足元に転がった彼女らの一人は、ただあたしの言葉を復唱するだけだった。

説明するのも面倒になったあたしは、自分の制服に汚れがないことを確認し、振り返る。
そこには目の前で起こったことをまだ信じられないという顔で凝視している瞳があった。

その子の方へゆっくりと歩み寄りしゃがみ込むと、一瞬びくりと身を縮めながらも、目はしっかりとこちらを見つめている。



――どれ位その時間が続いただろうか。
ジャージの裾を握りしめているその子の手は、小刻みに震えていた。
それを気にすることもなく視線を戻すと、その頬に血がにじんできていることがわかった。
殴られた際、あの色とりどりに彩られた爪が引っ掛かったのだろう。



手を伸ばしたのは、無意識だった。






「なーにやってんの?」



間延びした口調、しかし明らかに棘のある声色にはっとする。

周りを見渡せば、そこにいたはずの「彼女ら」は一人残らず姿を消していた。
代わりに居たのは、目の前の彼女と同じジャージを着た、男たち。

明らかに敵意むき出しの目がこちらを見ていた。
その理由は…



「…あー…」



この状況だけ見ればそうなるか。
一人納得して、出した声はあまりに間抜けなものだった。



「何しとったんやって聞いてんねんけど。」

先ほどと違う声。
見れば、5人ほどいる中で一番長身の茶髪が放ったようだ。



本当に面倒臭い。



「見てのとおり。」

「…は?」



何も言い返さないそいつ等を放って、あたしはその女の子の襟首を少し強引につかみ、囁いた。

「        」

「え…」

「わかった?」

「・・・」

「わかった?って、聞いてんの!!!」



声を荒げたあたしに、その子は怯えた顔で必死に頷いた。
そこで極上スマイルでも返してあげられたらよかったんだけど…
そうはいかなかった。



「テメェなにしてんだよ!!!」
見事に首元を引っ張られ、あたしの身体は後ろへ転んだ。
初日から二回も投げ飛ばされるなんて…ってぼんやり考えていた。



「何でこんなことしたの?」

見上げると、整った顔立ちがあたしを見下ろしていた。
だけどその瞳は、酷く冷たかった。



こんな事?
何が起こったのか、見てもいないくせに。

「…暇つぶし?」

あたしの口は勝手に言葉を発していた。
目の前のそいつは言い返す言葉もない、そんな様子でただ茫然とあたしを見ていた。



あー、そんな困った顔もできるんだ。
そう思った瞬間、一瞬目の前が白くなった。

「ふざけんな!!!唯がなにしたっつーんだよ!!!」
後ろにいたはずの小さくて(見た感じ)元気な男の子が、目の前で吠えていた。
頬に激痛が走るのを感じて、殴られたのだと今更気づく。
唯というのが、あの女の子の名前で、彼らにとって大切な存在であるのだろう。



「何か言えよ!!!わけわかんねーよ!!!」

「もういいでしょ、裕也。」

「深海っ…」



瞬間、あたしを揺さぶっていた腕が離れた。
また、冷たい瞳があたしを見下ろしていた。

「時間の無駄。行こ。」



深海と呼ばれたその男が、みんなを連れ立って去っていくのを、ぼーっと見ていた。
ふと、唯という子の肩を抱いた長身の男が、少し振り返り言い放った。

「お前のことは、絶対許さへん。後悔さしたる。」



なぜか、そいつの怒りを逆撫でするように口元を歪ませることしかできなかった。









その数分後、あたしは担任だと名乗る教師に連れられ、教室にいた。

2年A組。
今日からこのクラスの一員になる。



「両親の都合でこちらに転校することになりました、橘 有咲です。よろしくお願いします。」



皆が興味の視線を浴びせる中、また面倒なことになった、と思った。

あの冷たい眼差しが、あたしを射抜いていたから。









これはただの、あたしのエゴで。

ただ、罪を押し付けあって必死になるのが

酷く面倒になってしまっただけ。



いつからだろうね。

本当に大切なもの以外

どうでもよくなってしまったのは。



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こんなに激しい面倒臭がり、コイツぐらいなもんだろう。
文責 詩音 (2007.10.11)

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